Googleが発表した新UI、「Material 3 Expressive」とは？

2025年5月のGoogle I/Oにて、GoogleはAndroid 16の新たなUIコンセプトとして「Material 3 Expressive（マテリアル・スリー・エクスプレッシブ）」を発表しました。

この新しいUIアプローチは、従来の「Material You」の“ユーザーのカラー”に寄り添う設計をさらに発展させ、より感情豊かでダイナミック、そして“個性を表現できる”UIを目指したものとなっています。

Googleの公式発表によると、Material 3 Expressiveは以下のコンセプトを柱としています。

• ● ユーザーの“気分”や“直感”に応じたレイアウト変化
• ● タイポグラフィ・カラー・モーションの組み合わせによる“視覚の深み”
• ● UI構成要素がより“感情的な表現力”を持つこと

例えば、朝のニュースを開くときと、夜のリラックスタイムにSNSを開くときで、画面のアニメーションやカラーの出し方が“ほんのり”変化する──そんなデバイスの“空気感”まで調整するUIが目指されています。

「Material Design」からの進化の系譜

Googleが「Material Design」という統一UIガイドラインを発表したのは2014年。

その後、2021年の「Material You」では、ユーザーの壁紙カラーをもとにしたUIカスタマイズが実現され、個性を尊重する流れが生まれました。

今回のMaterial 3 Expressiveは、その延長線上にありながら、次のような飛躍を遂げています

• ● 壁紙カラーの抽出＋気候・時間帯・環境音に応じたUI変更
• ● アニメーションを通じて“フィードバック感”を表現
• ● 開発者向けには、より抽象度の高いAPIが提供され、独自演出の自由度が増加

つまり、“見た目”だけでなく、「その瞬間にどうあるべきか」までUIが判断・変化するというコンセプトに近づいているのです。

この背景には、生成AIやセンサーデータのリアルタイム活用が進んだことで、ユーザーの行動文脈（コンテキスト）を“理解するUI”が技術的に現実味を帯びてきたことも挙げられます。

対応デバイスと展開時期：まずはPixelから

Material 3 Expressiveは、まずはPixel 9シリーズおよびPixel Tablet（第2世代）にて今秋提供されるAndroid 16で正式搭載されます。

以降、SamsungやOnePlus、Nothingなどの主要Androidパートナー企業も順次対応予定とされており、OEM向けドキュメントもGoogleからすでに配布が開始されています。

Wear OSやChromeOSとの連携も今後強化される見通しで、「1つの体験を複数デバイスでつなげる」UI設計の中核になるとも報じられています。

感情的UIとは何か？Material 3 Expressiveの“人間らしさ”

「感情的UI（Emotional UI）」──Material 3 Expressiveの最大のキーワードがこの考え方です。

従来のUIは機能性・操作性を重視してきましたが、Material 3 Expressiveではユーザーの気分やコンディションに応じてUIが“ふるまい”を変えることを目指しています。

• ● 朝は穏やかで明るいトーン、夜は落ち着いた暗めの配色
• ● 曜日や天気に連動したテーマカラー（例：雨の日はブルー系）
• ● 通知アニメーションも、内容の重要度やユーザーの状態で演出が変化

これにより、ユーザーは画面を“ただ操作する”のではなく、「今の自分にちょうどいいテンポ・色・動き」で支えられる体験へと進化します。

Googleはこれを「ambient computing（環境に溶け込むコンピューティング）」の一環と位置づけており、AI・センサー・UX設計が三位一体で動く新時代の入口と見なしています。

開発者にとってのメリット：自由度と抽象化が向上

Material 3 Expressiveのもう一つの大きな特徴は、開発者にとっての柔軟性が飛躍的に高まった点です。

• ● Jetpack Composeの新拡張により、テーマ変更が数行のコードで可能
• ● “表現テンプレート”として、複数のビジュアルプリセットが提供される
• ● モーション・カラー・シェイプを組み合わせたUIアセットを即座に適用可能

例えば、従来であればカスタムモーションに数百行かかっていたアニメーション演出が、あらかじめ定義された「感情カテゴリ（Joyful, Serene, Productiveなど）」を選ぶだけで簡単に適用できます。

これは、開発コストの削減だけでなく、中小規模のアプリにも高品質なUXを提供できるという点で極めて大きな利点です。

Material Youからの本質的進化：比較で見える哲学の違い

ここで、Material You（Android 12〜15）とMaterial 3 Expressive（Android 16〜）の主な違いを比較してみましょう。

• ● 【Material You】主に「視覚的な一貫性（色・形）」を提供
• ● 【Expressive】「状況と感情に対応したインタラクション」を重視
• ● 【Material You】ユーザーが“選ぶ”色
• ● 【Expressive】システムが“察する”表現

つまり、Material Youが“好み”を反映するUIなら、Material 3 Expressiveは“気持ち”に寄り添うUIといえるのです。

この発想は今後のアプリUI、特に医療・教育・メンタルヘルスといった“繊細さ”が求められる分野で強く影響を与えていく可能性があります。

“共感するデザイン”の時代へ──Material 3 Expressiveの未来像

Googleが「Material 3 Expressive」で提示した方向性は、単なるデザインガイドラインではありません。

それは、デジタルプロダクトと人間の関係性を、

• ● 操作対象 ⇨ 共鳴するパートナー
• ● 静的な情報提示 ⇨ 状況に合わせて“気づかう”インターフェース
• ● 視覚重視のUX ⇨ 感情・文脈を含んだ“共体験”へ

という形で進化させていこうとする壮大なビジョンの表れです。

これは、「エモーショナル・テクノロジー」「人間中心設計」「パーソナライズドAI」など、近年のデジタルUXが向かっている大きな潮流とも合致しています。

デザイン＝視覚構成という発想を越えた、人の暮らしと心理に自然と寄り添う存在としてのUI。それをGoogleがOSレベルで推進し始めた──これは、モバイルデザインの新たな一歩といえるでしょう。

ユーザーの生活にどのように影響するか？

Material 3 Expressiveによって、ユーザーの生活は見えない部分で静かに、しかし確実に変わっていくと考えられます。

• ● アプリを起動した瞬間に「今の自分に合った」テンポや色が迎えてくれる
• ● スマートウォッチ、スマホ、タブレット間でUIのムードが“通じ合う”
• ● 天気や気温の変化に応じて、より“心地よい”レイアウトやアニメーションになる

こうした微細な変化が、“気づかれないけれど確かにある”という形で日常の快適さを高めていく。

つまり、Material 3 Expressiveとは、「テクノロジーによる優しさ」の具現化ともいえるのです。

開発者・デザイナーへの影響と新たな創造領域

アプリ開発者やUI/UXデザイナーにとって、Material 3 Expressiveは「新たな自由」と「新たな責任」を同時にもたらします。

• ● 自由にユーザーの状況へ“寄り添うUI”を作れるようになる
• ● 逆に、UIの感情的インパクトによる「誤解・誤操作」を防ぐ設計が必要になる

つまり、「UIの表現が感情に作用する」ならば、そのUIはコンテンツと同じくらい慎重に、丁寧に扱うべきものになります。

これは、視覚美やブランドイメージを超えた、「インターフェースで物語を伝える力」が求められる時代への幕開けともいえるでしょう。

Material 3 Expressiveは、開発者にとっての“表現言語”がより深く・豊かになる一方で、「誰の心に、どう触れるのか」を意識した設計がより求められるステージに進むのです。

まとめ──Androidは“感じるOS”になる

Android 16に導入されるMaterial 3 Expressiveは、モバイルOSの新たな可能性を提示しました。

• ● デザインは「整えるもの」から「共感するもの」へ
• ● ユーザー体験は「最適化」から「人間化」へ
• ● UIは「便利」だけでなく、「やさしさ」や「温度」も伝えられる

今後、スマートデバイスが人の感情や文脈に応じた“ふるまい”を見せていく中で、Androidは“感じるOS”としてさらに進化していくことでしょう。

そしてその中心にあるのが、Material 3 Expressiveという「人とテクノロジーの共生を目指す」新しいデザイン言語なのです。

これからのUIは、目に見える「操作性」だけでなく、心に届く「気づかい」を設計する時代へ。

Android 16は、その未来の入口に私たちを立たせてくれたのかもしれません。