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Gartner、日本企業にアプリ戦略の重要性を提言

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この記事の要約

グローバルITリサーチ企業Gartnerは、2025年5月に「日本企業のアプリケーション戦略」に関する調査結果と提言を発表しました。レポートでは、日本企業の多くが依然として明確なアプリ戦略を欠いており、全体最適よりも部門単位のサイロ化されたIT導入が中心であると指摘。Gartnerは、戦略的なアプリ運用が競争力の源泉となると強調し、TIMEフレームワークや4つの原則を軸に“持続可能なIT投資”を求める姿勢を示しました。

なぜ今、「アプリケーション戦略」が重要なのか?

デジタルトランスフォーメーション(DX)の加速により、企業のIT投資は単なる業務支援から「競争優位の基盤」へと役割が変わってきています。

こうした中で、Gartnerは「アプリケーション戦略の欠如」が日本企業の大きなボトルネックになっていると警鐘を鳴らしました。

その背景には、以下の3つの課題があると指摘されています

  • ● 部門主導の導入で、全社横断の最適化が進まない
  • ● アプリの“作る/買う”判断基準が曖昧
  • ● 古いシステム(レガシー)の維持に予算の大半が割かれている

つまり、日本企業は“現場が回ればOK”という運用型のアプローチに留まり、戦略的な選択と捨てる判断(合理的な廃止)ができていないというのがGartnerの見立てです。

日本企業の“アプリ戦略欠如”をデータで見る

Gartnerの調査によると、2024年度において「自社に明文化されたアプリケーション戦略がある」と回答した日本企業はわずか25.5%

グローバル平均が44%、米国が58%であることを踏まえると、明らかに遅れをとっている状況です。

■ 特に遅れている領域


  • ● パブリッククラウド活用戦略の明文化
  • ● サードパーティアプリの選定・評価方針
  • ● ユーザー部門とのアプリガバナンス設計

多くの企業では、情報システム部門が旧来型の“守り”の役割に留まり、アプリケーションそのものが「技術的負債」となってしまっている現状が浮き彫りとなっています。

Gartnerが提示する“戦略策定の4ステップ”

では、どうすればアプリケーションを“攻めの資産”に変えることができるのか。

Gartnerは以下の4つのステップを軸に、戦略的アプローチの枠組みを提示しています

  1. ① アプリポートフォリオの棚卸し(As-Isの可視化)
  2. ② ビジネス目標に沿ったアプリの再定義
  3. ③ 投資判断フレーム(TIMEモデル)による選別
  4. ④ 段階的な再構築計画とKPI設定

TIMEモデルとは、以下の4象限でアプリを分類する戦略的フレームワークです

  • Tolerate(許容):当面維持
  • Invest(投資):強化・進化対象
  • Migrate(移行):クラウド等への転換
  • Eliminate(排除):段階的に廃止

このフレームを用いることで、「感覚で残す」「習慣で使う」といった非合理なアプリ選定から脱却し、ビジネス価値に即したIT投資が可能になります。

アプリ戦略策定の4原則──Gartnerの視座

Gartnerは、単にIT部門の計画にとどまらず、経営戦略と連動した「ビジネス駆動型アプリ戦略」の必要性を訴えています。

その中核を成すのが、次の4つの戦略原則です。

① ビジネスケイパビリティ(能力)に基づく整合

アプリは「部門単位の業務」ではなく、「企業全体の競争力を担う能力」に基づいて定義・整理するべきという考えです。

たとえば

  • ● “顧客獲得力”を支えるアプリは何か?
  • ● “商品開発力”に直結するアプリはどれか?

こうした整理により、真に価値あるアプリへの資源集中が可能になります。

② 再利用性とモジュール化の徹底

日本企業では、「個別最適・重複開発」が多発する傾向があります。

Gartnerは「同じ社内で同じようなUI・機能が複数存在している状況」を非効率と見なし、再利用可能なモジュール単位でのアーキテクチャ設計を推奨しています。

③ “廃止を前提とした設計”

今あるアプリケーションの多くは、「導入時の目的を果たした後も“なんとなく”残っている」状態です。

戦略的なアプリ設計では、導入時から「更新・置き換え・廃止のタイミング」を設計に組み込むことが求められます。

④ オーナーシップの明確化

システムだけでなく、「誰がこのアプリの価値を最大化する責任を持つか?」という点が重要になります。

Gartnerは、ITと業務部門の“共同オーナーシップ”体制の導入を日本企業に強く提言しています。

アプリ戦略の好事例──先行企業に学ぶ

では、すでに戦略的なアプリ設計を実践している企業には、どのような特徴があるのでしょうか。

■ 製造業A社(グローバル展開)


  • ● ERP刷新を契機に「ビジネスケイパビリティモデル」を定義
  • ● アプリごとに“目的・連携先・KPI”を明文化
  • ● Tolerateアプリに維持費を割かず、Investアプリに集中投資

結果として、5年間でIT支出は横ばいながら、ビジネス効率は30%以上向上したと報告されています。

■ 金融業B社(国内大手)


  • ● 顧客接点アプリをマイクロサービス化し、継続的に改善可能な体制を構築
  • ● アプリKPIに「Net Promoter Score(NPS)」を設定
  • ● 利用データを元に定期的に投資判断を見直すフローを構築

このように、単なるツール導入ではなく、「ビジネス目標を達成するためのアプリ」を選び抜く姿勢が成功の鍵を握っています。

アプリとビジネス目標を“つなぐ”方法論

最後に、アプリ戦略を“現場の業務改善”や“経営戦略”とどうつなげるか、実践的なアプローチを3つ紹介します。

① エンタープライズ・アーキテクチャ(EA)との連携

アプリ戦略は「システム」だけで完結せず、組織の構造や業務プロセスとの整合が求められます。

EAを活用すれば、業務・情報・技術・アプリの層を横断的に俯瞰でき、「どこにどのアプリが必要か」が見えるようになります。

② KPIツリーとアプリ機能のマッピング

「どのアプリがどのビジネス目標を支えているか」を可視化することは、経営判断を支えるうえで極めて重要です。

たとえば、

  • 売上向上 → 顧客対応速度 → CRMアプリのUI改善
  • コスト削減 → 作業時間短縮 → モバイルアプリ化

といったマッピングにより、IT投資が単なる“便利さの追求”ではなく、実利に結びついていることを明示できます。

③ ユーザー参加型ロードマップづくり

現場の声を反映したアプリ計画づくりは、運用フェーズでの「使われないIT」リスクを減らします。

最近では“IT部門だけでなく、現場社員も巻き込む”形式で、アジャイル型のアプリ開発が定着しつつあります。

なぜアプリケーション戦略が“未来を変える鍵”なのか?

Gartnerが繰り返し強調するのは、「アプリケーションはもはや“道具”ではない」という点です。

アプリとは──

  • ● 顧客体験の質を決めるインターフェース
  • ● オペレーション効率を左右する機能基盤
  • ● 組織間連携を促進・阻害するインフラ

つまり、「何を作り、何を残し、何をやめるか」という判断そのものが、企業の競争力を大きく左右するのです。

■ 技術よりも「選択」の問題

最新技術を採用しても、“なぜそれが必要か”が不明確なら意味がありません。

戦略的なアプリ運用とは、「全体最適の視点で、投資と撤退の判断をすること」に他なりません。

これにより、

  • ● 無駄な開発やメンテナンスコストを圧縮
  • ● 従業員のUXを統一・最適化
  • ● 新しい価値創出のためのITリソースを確保

といった中長期的な成長ドライバーが得られます。

“戦略を動かす人”に求められる力とは

どれほど精緻な戦略を描いても、それを動かす「人」がいなければ実現しません。

Gartnerは、これからのITリーダーには以下のような能力が求められるとしています。

① “翻訳者”としてのスキル

ITと業務、戦略と現場──これらを「かみ砕いてつなぐ」コミュニケーション力が極めて重要です。

専門用語ではなく、意思決定者の言葉で説明できる人材こそ、組織を変革に導ける存在となります。

② “段階思考”と“継続改善”のマインド

アプリ戦略は一度つくって終わりではありません。

・段階的に移行する設計力 ・途中の軌道修正を許容する柔軟性 ・定期的な見直しを継続する忍耐力

こうした能力が、持続可能なデジタル投資を支えます。

③ チームを巻き込む“共創型リーダーシップ”

現代のアプリ戦略は、システム部門単独では成立しません。

現場、経営、顧客──あらゆるステークホルダーを“巻き込みながら動かす”スキルが、ITリーダーには不可欠です。

全社で“アプリ戦略”を成功させるヒント

戦略を成功に導くためには、「計画の精度」よりも「実行のリアリティ」が大切です。

■ 経営層との“対話の場”を設ける

「何をやるか」よりも「なぜやるか」を語れるかどうか──。

経営層と定期的にビジネス目標とアプリケーション投資を結びつけて議論する場を持つことで、 “投資としてのIT”という共通認識が生まれます。

■ 成果を「可視化」して社内に浸透させる

戦略がうまくいっているかどうかをKPIで測定し、それを社内に展開することで、現場の共感や再投資を呼び込めます。

たとえば

  • ・アプリAの導入により残業時間が月20時間減少
  • ・アプリBにより売上分析レポート作成時間が半減

こうした“目に見える価値”が、戦略の意義を体感として浸透させるのです。

■ 小さな“成功事例”を横展開する

すべてを一気に変えようとせず、まずは小さな部署・アプリでパイロット実施を行い、 成功事例として他部署へ展開する「ボトムアップ型」戦略も有効です。

まとめ──“アプリを選ぶこと”が未来を決める時代

今回のGartnerの提言は、日本企業にとって“IT戦略の再定義”を迫るものでした。

アプリケーションは、単なる「システム」ではなく、 事業を動かし、人をつなぎ、変化を導く“経営の武器”となるべき存在です。

そのために今こそ必要なのは

  • ● 全体最適の視点を持つ
  • ● アプリの選別と廃止を合理的に行う
  • ● ITと業務の境界を超えて協働する

未来を決めるのは、アプリそのものではなく、それをどう“選び、育て、捨てるか”。

アプリケーション戦略の巧拙が、次の10年の企業競争力を大きく分ける分水嶺となるでしょう。

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